『春告鳥』と辻占

  • 『春告鳥』と辻占

ここまで辻占の登場する場面を見てきたが、いずれの作品でも辻占は境界領域並びに路上で行われていた。ところが、天保期になると屋内で辻占が行われる場面が登場する。
為永春水の『春告鳥』二編(天保8年[1837])には、以下のような下りがある。

仲「ようよういろいろなことを言ておいじめだねへ」トいふ時節、門語(かどづけ)の浄瑠璃
―かはる心に伝兵衛は、せきたつむねをおししづめ―
仲「ア、否な辻占だ」

ここでは、門口から聞こえてくる浄瑠璃の一節から吉凶を判断しているが、占者本人は室内にいるので、状況は以前紹介した『太平広記』・「苗耽」の条の「響ト」と全く同じである。更に四編(天保8年)には、次のようなやりとりがある。

薄「ヲヤ私が何時誰と喧嘩をしましたへ」
そで「鳥雅さんとサ」
薄「そりやア昔の事ざんすは。モウ喧嘩をする人はありませんヨ」トすこしなみだをめのうちにうかめる。おそでは見ぬかほして
そで「ヲヤ昔のことざますエ。昔のことが去年ざますか。昔といふは十年か百年の事ざますは。去年の事だからまだ昔の中へはゐらなひから、今に鳥雅さんが来なますはネ。十年と百年と斯二ツ立て仕まうと、それこそモウ来さつしやりやア仕ますまひは。ほんとうの昔になりますから」
薄「それぢやア啌(うそ)のむかしがありますかへ」
そで「アイサ貴嬢(ぬし)の云はしつたのは啌の昔ざますヨ」
吉「それから他所行の昔に、不断着のむかしか。アハヽヽヽヽ」
そで「ヲホヽヽヽヽ」
薄「ホヽヽヽヽ」
うすがき「むかしむかしが重りイすねへ」
そで「それだから花咲老父(じい)さんが一人居ますは」
吉「アハヽヽヽ此方をば親父(おとっ)さんぢやアまだ悔しひと思つて、老父(じじい)と名を付たな。イヤしかし花咲老父とはありがてへ。何様ぞ此方も達者な中、此家の二階中花を咲せる様な遊びをして、家内中にも嬉しがらせて引籠てへものだ。殊にまたおゐらんの身にとつても、花が咲とは能(いい)辻占だ。煎豆に花といふほどのたとへでもねへが、出勤を仕様といふ相談の席で、花咲老父の進めにしたがつて、薄雲さんに花が咲ば、老父の貰ふ賞録の代りに鳥雅さんを是非連て来て、その美麗顔の完尓(にっこり)を見せて貰ふが、此親父のホイ老父の願だ。(以下略)」(一部漢字に現漢字を使用)

ここでは、妓楼の一室で女郎達によって交わされた言葉尻を捉えて、「花が咲とはいい辻占だ」と言っているが、これは本来の占法とは大きくかけ離れている。「辻占」と言うより「言葉占い」と言った方が良い程、辻占は変容してしまったのだ。