『好色一代男』と辻占

tsujiurado2006-05-25

近世小説に辻占が初めて登場したのは、天和2年[1682]の井原西鶴好色一代男』で、巻四「形見の水櫛」に辻占の描写がある。

邊(あたり)を見れば。黄楊の水櫛。落てけり。あぶら嗅きは。女の手馴し念記(かたみ)ぞ。是にて。辻占を。きく事もがなと。岨(そは)づたひ。岩の陰道(かげみち)をゆくに。鉄炮に。雉のめん鳥懸(かけ)て。ひとりごとに。さてももろき命かな。雄が歎ふといふ。身に引あてゝ悲しく。

連れの女とはぐれた世之介が、女の落とした黄楊の水櫛を見つけて、これで手掛かりを得べく辻占をしたいものだと思って山道を歩んでいると、鉄砲で雌の雉を仕留めた猟師が「さてももろき命かな。雄が歎こう」とつぶやく。そこで世之介はその言を自分の身に引き当てて、不吉な内容を悲しむが、後に辻占の通りに彼は彼女の死体を見つけることになる。
この作品での辻占は、上図に示すように従来の辻占とは異なっている。従来の占法だと占者が辻で静止して対象となる通行人を観察するが、好色一代男では占者が道を歩み、静止している者を観察して吉凶を占っている。ただ、世之介が初めからそうしようとしていたのか、それともどこか適当な辻で黄楊の櫛を持ち呪文を唱えて辻占をするつもりだったのか、作品からはその意図まで汲み取ることはできない。