『堀川波鼓』と辻占

西鶴と並んで上方文学を代表する近松門左衛門の作品にも、辻占が登場する。宝永4年[1707]の『堀川波鼓』下巻には次のような台詞がある。

こぶしをかため四つ辻に四人さまよひ立ゐたり、
常さへにぎはふ上京のおりしもけふの祭客、
下へ下へと朝霧のひまは門はきうつ水の、
かゝるすがたをとがむやと、
西と東に行わかれ立やすらへる折からに、
とうふあきなふ商人のきらずきらずと声だかに、
売辻うらの耳に立心おくれと成やせん、
なむ三ぼうと橋詰に各々よればむかふより、
白川石をあきなひにしづのかゝらが馬追つれて、
つれを呼さへおなじ名の、
おふぢや、けふはあきなひはやしまふて、
祭にいかふと気がせいて馬にくつさへうたなんだ、
ヲヽさればおなじこと、
けさはすこしねすごしてこちらもくつをうたずに来た、
誰もけふはみなうたれぬいつそうたずに此ぶんで、
とつとゝ引てかへりやいのとどつと笑ふてとをりける、
京わらんべの口ずさみ家々ごとに朝もよひ、
万に心もみうりをきざむ音さへひゑの山、
みねにひゞくとつたへたる、
みやこの今朝のあなかまと心みだるゝばかりなり、
中にもふぢは小声になり、
いづれも何とおぼしめす、
さいぜんのとうふやがきらずきらずとうつたるさへ、
心にかゝる其うへ今の石売かゝ共が、
馬のくつがうたれぬうたずに引てかへれとはいかにしても気がゝりなり、
其うへ世間におなじ名のあるはならひといひながら、
折しもわるふ壱人おばおふぢとよんだは何ごとぞ、
みかたの心おくれてはしそんずるはぢやうのもの、
天道よりの御しらせ又あすの日も有ものを、
けふは延引せまいかといへば皆二の足にぞ成にける、
かゝる所へ西橋詰の髪結床より、
さばきがみのわかい者やうじくはへて来りしが、
友と覚しく行あふたりヤア、
是は早々から髪もゆはずにどこへといふ、
さればされば祭に行けふのはれ、
さかやきそらせにいつたれは、
扨もきつたはきつたは、
あらがみそりの刃はつるぎ、
あたまのうちを切ちやちやくつた、
あいつが手にかけてはいくたりでもきりそうな、
是を見よといひけれはハア、きつたりきつたり、
是で客にいつたらばぎおん祭ではなふて軍神の血まつりじやと笑ひてこそはわかれけれ、
四人嬉しき辻うらの今のを聞たか聞ました、
サア破軍がなおつたしすましたと、
そゞろに笑ふていさみをなす心てい思ひやられたり、

ここでは、敵討ちのため討ち入り先へ行く途上、辻占が三度にわたり行われている。
一回目 場所:四辻 対象:とうふ屋 内容:「きらずきらず」
    吉凶判断:相手を切らず[凶]
二回目 場所:橋詰 対象:石売り 内容:「うたずに引てかへれ」
    吉凶判断:相手を討たずに引き帰れ[凶]
三回目 場所:橋詰近傍 対象:髪結床の若者
    内容:「切ちやちやくつた」「軍神の血まつり」
    吉凶判断:相手を切る、血祭りに上げる[吉]
占いが行われているのは四辻や橋詰といった境界領域であるが、黄楊の櫛も呪文も登場しないで辻占が成立していることに注目してほしい。