『芦屋道満大内鑑』と辻占

辻占の変容は、近松の死後も続く。近松の活躍した竹本座の座主であった竹田出雲は、享保19年[1734]に『芦屋道満大内鑑』を書くが、この二段目に辻占が登場する。

かの桜木のあだ花をちらしてのけんと入相の鐘を相図に石川悪右衛門。刀ぼつ込裾をきりゝと短夜に。せけばせく程たへ間もなき人通り。見とがめられじと或はあらはれ或はかくるゝ星明り。ちらりちらりとちらめくにぞ恋とや人もとがむらん。
上の町より小挑灯ぶらぶら来る二人づれ。「こりや叶はぬ」とかたへに忍べば立どまり。「なんと出ぬぞや」「出ぬ共出ぬ共。こつちの目の出ぬのにあつちのよいめの多いので。不断一六すゑられいつのおりはか勝利を得ん。今夜はいんですごすごと双六よりねたが勝」と。つぶやき通れば「エヽさいさきわるきやつばら」と。行過る迄見送り見送り。用意の神符取出し立寄る後に又人声。はつと驚立のけば声高高。「名誉ふしぎなすい出し。けんべきやはれ物に此膏薬を張付くれば奇妙奇妙」と売て行。
辻占よしと竪横見廻し人跡たゆれば。六の君の住給ふ北の小門にたゝずみ。

桜木親王が寵愛する六の君を誘拐しようとする石川悪右衛門が六の君の家へと行く途上、計画の成功を辻占で占う場面。近松の『堀川波鼓』と同じく初めは悪い卦が、後には良い卦が示される。
一回目 対象:双六打ちの二人連れ 内容:「こつちの目の出ぬ」   判断:幸先悪し(凶)
二回目 対象:物売り 内容:「名誉ふしぎなすい出し」 判断:誘い出しに成功する(吉)
占いが行われている時間は宵の口だが、場所は厳密には辻ではなく道端である。「辻」の意味が拡大解釈され、辻占の場が神霊が出現するスポットである「三叉路、四辻」から「路上」全体に広がっている。