『花鳥風月』と辻占菓子

  • 『花鳥風月』と辻占菓子

弘化初年に春水の門人によって書かれ、春水名義で出版された『花鳥風月』にも辻占菓子が登場する。蔵前の鶴亀屋の娘お柳が、銚子にいる貞次郎を慕って店からの出奔を決意する場面である。

忍ぶ恋路はさてはかなさヨこんど逢ふのがいのちがけ涙によごすおしろいのその顔かくすむりな酒―
(柳)「ホンニ彼(あの)唄の文句の通りしのんで恋を為(す)るものは誰しも不残命(みんないのちが)が的(まと)按じる親が有ではなし思ひ切て往たらば何様(とう)か往(いか)ない事は有まい彼様(かう)いふときに自由になると占考(うらない)でも見て貰うかお美籤(みくじ)でも採たゐけれど其様な事を頼むやうな人はなし」ト溜息を吻(つき)たりしが
「左様(さう)だ左様だ先刻(さつき)お兄イさんが下すつた辻占のお菓子善も悪いもあれ次第吾捫(わたし)の為には相談あゐ人」ト手水鉢にて手をあらひまたうがひをして此方(こなた)に来り奉書の紙に包みたる菓子をそのまヽ床の間へ上て遙に身をしさり其所(そこ)へ平伏合掌なし不断念ずる浅草の観音菩薩を拝みつヽ心の願ひをかけて後奉書の紙をうちひらき中より三ツ採いだす辻占菓子の順をきめ第一番に置たるを毀(こわ)せば中より出る紙に紺泥をもて摺たる辻占「思ひ切て遣つてごらんナ」第二番めを出してみれば「こわい思ひも些(ちつ)とは為るとサ」第三番めにありたるわ「夢のやうで嬉しいよヲ」と記してあるにお柳わよろこび
「思ひ切て遣つて御覧なとわ此処(ここ)を抜(ぬけ)て銚子へ行(ゆく)こと恐怖(こわい)思ひも少(ちつ)とは為るとわ道中で何か有事夢の様で嬉しいとわ思ひ掛なく貞さんに逢(あは)れるといふ浅草の観音さまのお告の辻占心の定る上からは少もはやく此家をとは云ものヽ忍び出す工夫は明朝のしらしら明若い衆子僧(こぞう)の起ぬ間に見世の口から左様だ左様だ」と一人點頭(うなづき)何やらん包むに余る小風呂しき世間知らずの生娘も恋にわ肝も居(すは)りツ立ツ其用意をや為るなるらん。
(一部旧漢字を現漢字又は平仮名で表記)
[『花鳥風月』(日吉堂、明治23年)P.100-101より]

ここに登場する辻占菓子の情報をまとめると次のようになる。
(1)辻占菓子は、兄の幸次郎がお柳に土産として与えたもの。
(2)辻占菓子を見る際に床の間に上げて礼拝し、普段信心している浅草の観音に願を掛けて、3個菓子を取り出した。
(3)菓子を壊す順を決めて、中から辻占の書いてある紙片を取り出す。文字は紺青(藍色の顔料)で印刷され、一番目は「思ひ切て遣つてごらんナ」、二番目は「こわい思ひも些とは為るとサ」、三番目は「夢のやうで嬉しいよヲ」だった。
(4)辻占菓子による占いは、占い師やおみくじの代用として行われた。
残念ながら、この作品で幸次郎が辻占菓子を買う場面は出てこないが、菓子を3つ選んで文句をつなげて吉凶を判断する方法は、今でも石川県の一部で行われている。